看護師は産休・育休を取得した後、同じ職場へそのまま復帰する人も多いのですが、中にはしばらく看護職から離れてしまう人もいます。
こういった看護師を潜在看護師と呼びます。私のように全く違う職業に就いているのも、ある意味潜在看護師ですね。
日本にはおよそ55万人の潜在看護師がいるといわれており、全国的・慢性的な人手不足、しかも高齢化の加速により、今後はさらに看護職への需要が高くなることが予測されるという現状も相まって、厚生労働省や地方自治体などが中心となって、潜在看護師の掘り起しに力を入れています。
今回は、そんな潜在看護師が看護職へ復帰するために必要なポイントを考えてみました。
1.ブランクの間に何が起こっているのかを知っておく
例えば10年のブランクがあったとします。人生のうちで10年といえば短いようにも感じますが、日々進歩する医療の現場では、10年はとてつもなく長いと考えて良いでしょう。
実際、私が10年のブランクの後に少しだけ復帰した時、かつての自分が知っている世界とは、大きく違うことがたくさんありました。ほんの一例をあげてみますね。
私の10年ブランク後の変化
※これはあくまで椿の経験であり、手術室の事がメインとなっているのはご容赦ください。
ややこしくなるので、新人の頃から7年近く勤めていた病院をA病院、10年のブランク後に勤務した病院をB病院とします。
手術前の手洗いが、ブラシによる手洗いではなく”ラビング法”になっていた
A病院では、ブラシを使ってゴシゴシ洗う、と習いました。しかし10年のブランクの間に、ブラシは使わずに石けんで手をゴシゴシ洗う、に変わっていました。
理由は「ブラシによる手洗いは、皮膚の表面を傷つけてしまい、その隙間に入り込んだ病原菌が汚い」という理由だから、と教わりました。私にとっては、新人の頃は「ゴシゴシ洗う(ちょっと痛いくらい)のが当たり前、爪の間までゴシゴシ洗いなさい」と教わったんですけどね。
腸管の吻合は手縫いから器械吻合へ
A病院では、腸管同士を吻合する時、針付きの吸収糸を使って、手縫いするのが普通でした。一部では器械吻合もありましたが、吻合する器械のお値段が高かったのかもしれませんね。
10年のブランク後は、器械吻合するのが普通で、吻合し切れなかった部分を補助する形で、吸収糸での手縫いを追加する、という感じでした。
手術用のガウン、術野にかける布(覆布)、手洗い時に手を拭く布、すべてディスポ
これはもしかすると、勤務する病院によるのかもしれませんが、A病院では明らかに何らかの感染症が陽性ではない限り、布製を使っていました。使用後に洗濯し、看護師や助手さんが畳んで、カストに入れて滅菌して再利用、というのが普通でした。
しかし10年のブランク後に勤務した病院では、すべてディスポ。
理由は「未知の感染症があるため、再生するための洗濯は感染源になる可能性がある」ということでした。これは、スタンダードプリコーションにも繋がる考え方ですね。
カルテは電子化され、記録はすべてパソコンで
これも勤務する病院によるかもしれませんが、この10年ほどの変化で一番大きかったのは、これではないでしょうか。
A病院ではまだまだカルテは紙でした。病棟にも当然手術室にもパソコンのパの字すらなく、オーダーリングもすべて紙の”●●箋”や”●●伝票”などと呼ばれる紙が使われていました。
ところが10年ものブランクがあると、世の中の病院には電子カルテが普及しており、B病院もすでに導入済みでした。当然のことながら、すでにいるスタッフも医師も、電子カルテの使い方には慣れており、「そうかー、これが電子カルテかー」と思ったのを覚えています。
私の場合、ブランクの間には保健医療福祉分野のIT技術者をしていましたので、実はB病院で使っていた電子カルテも、過去に何度かお目にかかっていましたし、パソコン操作自体は問題なくできましたので、比較的さくっと使えるようになった方だと思います(思いたい)。
ブランクの間に何がどう変わったのか、まずは自分自身でも色々調べておきましょう。
2.古いことは覚えているが、新しいことは頭に入りにくいことを自覚する
人間の脳は、乳幼児から10代後半くらいまでは”何でも丸暗記できる”という素晴らしい記憶力をもっています。
その”丸暗記”する記憶力が減退し始めると、今度は”意味のある文章”や”理論的な事柄”を記憶しやすくなります。しかしこの能力もピークはおおよそ30代前後。
30代も後半になってくると、かつては”1晩で覚えられたこと”を覚えるまで、数日かかることも珍しくはなくなります。
もちろんその人にもよりますが、例えば新人の頃なら1回で覚えられたことも、30代も後半になると3回繰り返さないと覚えられない、ということもよくあるのではないでしょうか。
その代り、新人の頃に叩き込まれたことは、とってもよく覚えているのです。
私自身、10年のブランク後に看護師へ復帰した時、このことを実感しました。
周りの先輩などから聞いたことはありましたが、新しいことは本当に覚えられない!
その代わり、昔習ったことは鮮明に覚えているので、実際に仕事をしようとすると、自分自身が混乱するのです。
特に私の場合、A病院:手術室、B病院:手術室だったので、昔からずっと変わらない器械の名称や、ガウンの着方などは問題も無かったのですが、新しい術式とか器械の名前が一致しない!ということが本当によくありました。
未経験の科もあったので、それは全く頭に入ってこないのです。”脳みその皺の減退”をこれほど実感したことはありませんでした。
3.準備はやるだけやってもやり過ぎることはない
10年ものブランクがあると、看護ケアの世界だけを見ても、かなり色々なことが変わってきています。例えば
- 手術創の消毒は必ずしも行う必要はない
- 褥瘡は乾燥させない
- 褥瘡予防のためとはいえ骨突出部へのマッサージは禁忌
- 褥瘡予防のためにシーツをピンと張らなくて良い
- 挿管患者さんの挿管チューブの定期的な交換は不要
- 採血前に血管を叩いてはいけない
- 酸素吸入を行う時に、加湿器を通じて加湿してもあまり意味がない
など、自分が新人の頃に教えらえたことと、真逆になっていることも多々ありました。
こういったことを、ブランクの後に復帰してから覚えようとしても、すんなり頭には入ってきません。それどころか、古い記憶が邪魔をして「今はそんなことやらないの!」というお叱りを受けてしまうこともあるでしょう。
ちなみにこれらは、現在の世の中ではある意味知っていて当然のことでもあり、少し調べれば色々と情報は出てきます。
書籍にもなっていますので、可能な限り”看護ケアの世界で昔と違うことは無いか”くらいの予備知識は、自分自身で勉強しておいた方が良いでしょう。
こういった内容は、例えば看護職の復職支援などを受けると、最初に教わることでもあると思います。しかし自分自身の記憶力や理解力の減退をほんの少しでも自覚している人は、予め自分自身でも色々調べておくと、その時になって焦ることは減ってくると思います。
4.自分の身体や心をコントロールする術を身に付けておく
自分なりの勉強方法や体調管理など、仕事を覚える以前のことを自分で管理できるようになっておくことも必要です。ブランクの理由が、自分自身の体調面・精神面での不良によるものでしたら尚更です。
ある程度の年齢になれば新しいことは中々覚えられず、体力的にも無我夢中で乗り越えてきた新人の頃とはかなり違います。それらがストレスとなって再び体調面・精神面での不良を招くことも少なくありません。
そうならないためにも、自分の身体や心をコントロールする術を身に付けておく必要があるのです。
5.子どもの体調不良を乗り切る方法をいくつも用意しておく
看護師のブランクは、出産・育児に関することが多いと思います。
いざ復帰しても子どもの体調不良はいつやってくるか分かりません。その時、復帰間もない職場で簡単に突発的な休みが取れるのでしょうか。
私の場合は無理でした。
結局、看護職をドロップアウトした理由の1つはこの辺にもありますが、小さな子どもを抱えての復帰は、想像以上に大変です。
自分が休めない時、その間子どもの面倒を見てくれる人、あるいは病児保育などの制度を利用せずに乗り切れるケースはほぼ無いと思ってよいでしょう。
その時に慌てないために、第2のママを準備しておく必要があります。
おわりに
いかがですか?
数年のブランクを経て、いざ復帰!と思っても、その前に準備することはたくさんあります。しかし、これらの準備は足りなくて困ることはあっても、やりすぎて困ることは無いのです。
今の自分は新人の頃とは大きく違う、このことを肝に銘じて、色々なことを”準備”しておきましょう。